CMフェスティバルについて About CM festival

世界50ヶ国の最新傑作CM500本をオールナイトで上映するフランス生まれのイベントで
原題は「La Nuit des Publivores(CM食らい放題の夜)」。

1981年からヨーロッパ,ロシア,アメリカ,南米,アフリカ,中東など世界五大陸の26ヶ国で毎年開催されています。
日本上陸は1999年。当時大学教師だったジャンクリスチャン・ブーヴィエの発案により,地元・博多で初開催しました。地方都市から始動したイベントとしては異例の発展を遂げ,15年目を迎える2013年度は,札幌から沖縄まで全国ツアーを展開しています。

上映は、カンヌ国際広告祭受賞作品を始めとする発想力にすぐれたCMや,人権擁護や飲酒運転撲滅を訴える社会性が高いCMなど,国もジャンルもさまざまに笑えるCMから考えさせられるCMまで盛り沢山の内容です。
世界共通の上映作品のほか,世界最高レベルと定評のある「APA50(英国の広告年間ベスト50)」やアイデア満載の日本のローカルCMなど,独自に入手した作品を加え,オリジナル編集したものを日本語字幕付きで上映します。

 

過去に行われたCMフェスティバルの記録

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世界のCMフェスティバル in JAPANの歴史

1999年 様々な難関を乗り越え, 第1回「世界のCMフェスティバル」が産声をあげる。
福岡・中州の松竹映画館でオールナイト公演が行われた。
パリ祭と博多祇園山笠の追山に焦点を絞った主催者のもくろみどおり,フェス
ティバルが終わると観客はその足で追山見物へと移動した。
抽選会目玉はエアーフランス提供、タヒチ往復ペアチケット。
翌日は会場を都久志会舘に移し,「昼の部」を開催した。


2000年 博多リバレイン「アトリウムガーデン」でのオールナイト公演。
敷き布団200枚,座布団300枚を並べた光景は観客の意表をついた。
このアイデアが功を奏し,リラックスムードの健全なイベントとなった。
ボルドーワイン,レミーマルタンといったフランスならではのお酒が振舞われた。


2001年 福岡公演は博多リバレイン「アトリウムガーデン」でオールナイト2日間。
フェスティバルは東京進出をはかり,渋谷パンテオンシアターでは東京外語大チアーリーデイング,
専属バンドUNITACHI,Mr.BunBunのパフォーマンスでオープニング,立見が出るほどの熱狂ぶりだった。
中国CM特集、アジアンテイスト満載のプログラム。スペシャルゲストは筒井康隆氏。
2002年 第4回目の福岡公演は博多リバレインで2日間のオールナイト。
東京公演は渋谷パンテオンで,2日間とも前年にも勝る盛り上がりを見せた。
ゲストは初日が糸井重里氏,翌日はフローラン・ダバディ氏。
大阪でもオールナイト公演を初めて開催。
大阪国際交流センターにて大阪ヨーロッパ映画祭との共同プロデュース。


2003年 第5回目の福岡公演は博多リバレインで2日間のオールナイト。
東京は会場を新宿歌舞伎町のミラノ座に移し,オールナイト2日間。
チケットは1週間前に完売。
ゲストはDULSORI(韓国伝統打楽器奏団),尾形嘉寿氏,吉田日出子氏。
大阪公演は大阪国際交流センターで2日間開催された。
札幌,名古屋,沖縄でショートバージョンを初開催した。
この年よりイベントが全国に拡大していく。


2004年 第6回目の福岡公演も博多リバレインで2日間のオールナイト。アフリカCM特集の一環で,
東京と大阪にアクロバットのジンバブエブラザースを招いた。
また,APA(イギリス広告制作者協会)が数々の広告祭受賞CMを携えてゲスト参加。
世界最高水準のCMの数々が好評だった。大分でショートバージョン初開催。


2005年 福岡は会場規模を倍にした福岡サンパレスで1日だけのオールナイト公演。
オープニングは福岡市内各大学の有志90名のシンフォニックオーケストラ
GrandRexによるブラームスの『大学祝典序曲』。全員浴衣姿での演奏だった。
大阪公演のゲストアーティストはBBBB(ブラックボトムブラスバンド)。
鹿児島,熊本,山口,群馬,福井でショートバージョン初開催。


2006年 7月14日に福岡サンパレス公演。博多祇園山笠の最終日という好スケジュールで約2000人を動員。
大阪国際交流センター,新宿ミラノ1でオールナイト。
新宿公演が日本テレビ「ニュースZERO」で生中継される。
宮崎県最南端・都井岬で小規模でアットホームなオールナイトを開催。
広島,岡山,奄美大島,函館,長崎でショートバージョン初開催。
鹿児島と奄美ではオールナイト公演も併せて開催された。


2007年 大阪公演はフェスティバルホールでオールナイト開催。
オープニングアクトは浴衣姿の関西学院大学交響楽団。
鹿児島県鹿屋市,仙台,帯広でショートバージョン初開催。
福岡モーターショーや中国映画祭にて「世界のクルマCMフェスティバル」。
イベントの知名度が上がったことで,特別企画の依頼が徐々に増える。


2008年 7月,新宿ミラノ1で10周年記念公演「世界のCMフェスティバル~真夏のミッドナイトカーニバル!~」開催。
沖縄では1週間にわたり映画館でレイトショーを行う初の試み。
11月,大阪オールナイト公演は大阪厚生年金会館。
金沢,沖縄県石垣島でショートバージョン初開催。
話題のCMのメイキング映像,日本の地域限定ローカルCM特集などを上映,プログラムの幅が広がってきた。


2009年 東京公演のゲストは若手クリエイター関根光才氏。
広告業界にもイベントが認知され,業界人が団体で参加する流れが生まれる。
福岡県飯塚市の登録有形文化財「嘉穂劇場」,長野県八ヶ岳自然文化園で初開催。
「北海道から沖縄まで」をモットーに,会場の大小を問わず全国各地で学園祭のように和やかなフェスティバルを展開。


2010年 大阪オールナイト公演の会場を梅田芸術劇場に移す。
東京公演のゲストはジェントル・フォレスト・ジャズバンド,ハッチハッチェルオーケストラ。
実力派ミュージシャンの演奏でイベントをCM以外の要素でも大いに盛り上げた。
この頃から全国ネットのバラエティー番組で世界のCMを紹介する企画が流行り,取材依頼が倍増。
CMがエンターテインメントになり得ることを示すのに一役買う。新潟,山梨で初開催。


2011年 博多駅に新しくできたJR九州ホールで初開催。
GWは3日間にわたりファミリー向けの「キッズエディション」開催,7月にデイタイム公演とオールナイト公演。
熊本県天草市の唯一の映画館「本渡第一映劇」で初開催。同じく初開催の北九州芸術劇場では北九州市長が舞台挨拶に訪れた。


2012年 JR九州ホールでの福岡公演に先立ち,7月14日,中洲大洋映画劇場で「山笠ナイト」。
東京公演のゲストは姉妹音楽ユニットのチャラン・ポ・ランタン。福岡と大阪公演では,
海外CMにも出演している小山淳志氏が野菜楽器を演奏し大盛り上がり。
大阪公演は新年早々の2013年1月5日に梅田芸術劇場で開催。旭川で初開催。
大阪で「第1回 国際どうぶつ映画祭」に招かれ,動物CM特集を上映。


2013年 静岡市で初開催。 9月には「第21回アジアフォーカス・福岡国際映画祭」のフィナーレを飾るイベントとして,
キャナルシティ劇場でアジアCM特集を上映。
同月,東京日仏学院「美食の祭典」にて食にまつわるCM特集を上映。
多様なテーマで編集できることがCMというコンテンツの魅力。
今後も全国各地に多様な「世界のCMフェスティバル」を広めていきたい。

La Nuit des Publivoresの歴史


1981年 「フリアンティーズ」お菓子の名がつけられた最初の夜はKinopanoramaで行われた。


1935年から1981年までの広告映像と映画の予告編、各5部に編集されたフィルムを上映。
会場には朝食(コーヒーとクロワッサン)が用意された。


1982年 CMの数は増え、二夜にわたって行われた。
その後のフェスティバルのカルト作品とも言われる3つのCMを上映。
“La Fiat 131 de Bob” (アフリカのフィアット131)
“La Main de Perrier”(ペリエのビンが女性の手の動きによってさらに大きくなっていくCM)
“Ploum Ploum de Paris”(パルファンドパリ アフリカのCMプルム プルム)


1986年 Le Grand Rexで三夜。
観客は増加し、インターアクティヴ(観客のリアクション)な上映に本格的な参加を見せる。
ブリュッセルとアムステルダムが初ツアー。


1988年 ベネトンが特集のスポンサーとなる。
世界の香水を特集し上映。
東ベルリン・西ベルリンが初ツアー。


1990年 「世界のCMフェスティバル」十回目の大イベントを、Le Palais des Congr峻で行い、大成功をおさめる。
ロンドンが初参加。
Canal Plus がテレビ中継する。


1992年 France2が中継放送する。
観客そのものがスペクタクルとして参加。
アテネ、ワルシャワが初ツアー。


1994年 「世界CMフェス」はアムネスティとグリーンピースの二つの人道団体を讃えた。
ジャカルタ、モスクワ、セントペテルスブルグ、テルアビブの参加はツアーを更に国際的なものにした。


1996年 ツアーがアジアに展開する。
中国とフィリピンが初参加。
映像の方は1898年に制作された映画史上初の広告映像を上映。
Perrierが公式スポンサー。


1998年 インターネットサイトを開設。
広告映像100周年記念。
Miko(ミコ)がフランスでのスポンサーとなる。


1999年 19回目のCMフェスティバル、やっと日本上陸フクオカで大成功。
バルト諸国、モンゴル、アイスランドが初ツアーに加わる。


2000年 20周年記念がパリで華やかに行われる。
日本でもお騒がせの成人式。
フクオカでは博多リバレインアトリウムガーデンで「山笠」の追い山の興奮と共に成功をおさめる。


2001年 新世紀初のフェスティバルはLe Grand Rexで四夜行われた。
中国とマクドナルド特集。
他の国も同様だが広告協会等の専門団体が共同参加し、ようやくその価値を認める。
韓国、台湾、マカオが初ツアー。
ベオグラードも国内紛争と言う難関を乗り越え再び参加。

 

 

 

bouvierCMフェスティバルの仕掛け人”J.C.Bouvier”

ジャンクリスチャン ブーヴィエ
ジャンクリスチャン ブーヴィエ

Jean-Christian BOUVIER

 

経歴

1968年 中等教育終了、高等教育機関入学資格試験合格(文学部門)


1969年 リセ・ラカナルの高等師範学校準備課程にて勉学


1971年 パリ第3大学(新ソルボンヌ)文学士(フランス文学)


1973年 パリ第8大学 文学修士(フランス現代文学)


1976年 中等教育教員資格(C.A.P.E.S.)の理論部門合格


1976年 パリ第3大学付属「外国人に対するフランス語教育研究所」において
教育実習に従事


1977年 九州大学文学部 外国人教師


1992年 九州芸術工科大学 外国人教師


1999年 「世界のCMフェスティバル」主催


2002年 フランス政府より「パルム・アカデミック(教育功労賞)」受賞


2004年 大学を退任、「世界のCMフェスティバル」「映画予告編フェスティバル」プロデュース、DVD監修、翻訳、講演会活動スタート


2008年 福岡市民文化活動功労賞受賞


 

翻訳/出版


1986年 有吉佐和子 著/『恍惚の人』 Editions Stock 刊


1988年 江戸川乱歩 著/『陰獣』 Editions Picquier 刊


1990年 筒井康隆 著/『時をかける少女』 Ecole des Loisirs 刊


1991年 獅子文六 著/『悦ちゃん』 Ecole des Loisirs 刊


1993年 井上 靖 著/『楼蘭』 Editions Picquier 刊


1994年 岸田 國士 著/『澤氏の二人娘』


つかこうへい 著/『熱海殺人事件』
(アヴィニヨン演劇祭とラジオフランス文化放送のため)


1995年 山田詠美 著/『蝶々の纏足』 Editions Picquier 刊


2005年 獅子文六 著/『自由学校』 日本文学出版交流センター
ほか


 

 

監修/解説


2002年 DVD『世界のCMフェスティバル2001』第1部~4部 学習研究社
DVD『KINGS OF ADS』001・002 学習研究社


2003年 DVD『世界のCMフェスティバル2002』第1部~4部 学習研究社


2005年 DVD『世界のCMフェスティバル2003』 学習研究社